1ヶ月目の検診は産まれた産院で受けました。「少し小さいですけど心配いりません、個人差もあるししっかりミルクをあげてください」程度の事でした。でも思ったほどミルクを飲んでくれないしせっかく飲んだミルクも戻してしまうことも多く妻のイライラが募ります。先ず第一に体重が増えない、あとからよく考えると目は開けているのですが目線が定まらない感じ、時々意味もなく頭を振ったりしています、なんだか様子が違うみたいだと妻は敏感です。この時点でも僕はまだ「この子の成長のペースがあるのだから」と妻に言ってました、僕自身もこの子なりにゆっくりしているのだと心から信じていたのです。ところが・・・
3ヶ月検診を保健所で受けました。まわりの子は大きくておかあさんとも視線があってにこにこ笑っているすごく自然な感じそれに引き替え春ちゃんはどう見ても小さいし、目線が定まらない。検診に当たった先生が一度専門医に診てもらうようにと紹介状を書いてくださいました。そのあと高槻の大阪医科大学付属病院小児科へ検診に行きました。
春菜が生まれてから一週間後に産院を退院して実家にお世話になりました。家族はみんな春菜の誕生を喜んでくれました。私の祖父も細い目をますます細めてくれて...
春菜の様子はと言うととにかく昼と夜がひっくり返っているらしく夜になると1時間置きに泣いてはミルクを少しだけ飲んではすぐ寝てしまい、また泣く...その繰り返しでした。昼はと言うとおとなしく寝ていて昼夜逆転の為 私はすっかり寝不足でした。おまじないで 鶏の絵を描いて枕元の壁に逆さに貼っておけばいいと聞き、すぐに試しましたがサッパリ...お風呂の時間を昼間から 夜寝る前に変えると少しは効果があったような気がしています。いろいろ苦労はしましたが 実家でお世話になっていたので洗濯や 食べることなど 私の身の回りのことや夫の食事などすべて母がやってくれました。お産のあとは動けるからと無理をすると 年をとってからいろいろ不調が出て来るんだそうです。「血の道症」とか言うらしいです。そんなことで随分助けてもらいました。
春菜はあまりミルクをたくさん飲みませんでした。飲んでいる途中にすぐ寝てしまいます。そのせいか体重の増えは悪く、ミルクの量と体重のそれぞれの数字を見てはとても心配でした。時々ゲボッとミルクを吐くことも気になり始めました。「こんなミルクの量では飲み足りないはず、体重も増えなさすぎる...」毎日数字とにらめっこしては心配していました。周りの者は「個人差があるから」と言ってくれるので私もそう思おうとしてもやっぱり気になって仕方ありませんでした。もうすぐいっぱい飲めるようになるさ、もうすぐ体重がグ〜ンと増えるさ、と自分に言い聞かせながら1ヶ月、2ヶ月と済んでいきます。赤ちゃん雑誌の情報やら、同じくらいの月例の赤ちゃんの様子を見ては一喜一憂の毎日...「大丈夫や」と 自信満々になったり「やっぱり何処か悪いに違いない..」と落ち込んだり。もうすぐ3ヶ月健診。きっとこの時に何かがハッキリするだろうとその日を待ちました。
そしてその日、健診の会場には3〜4ヶ月の赤ちゃんが集まっていました。「えっ?3ヶ月、4ヶ月の赤ちゃんってこんなんなの?」春菜はちいちゃくてやせっぽち。3ヶ月でやっと4000gです。6000gは欲しいところです。首もすわっていないし立て抱きはまだ危なっかしい。じっと何かを見つめると言うことはしない。それに比べて周りの赤ちゃんは手足がぷくぷくしていて立て抱きも平気でお母さんの顔を見つめてニッコリしています。なんだかあまりの違いに愕然として 自分が小さく小さくなっていくような気がして早くその場を立ち去りたいと思いました。
心配したとおり健診の先生は難しい顔をして「泣き声が弱いね、体重が少なすぎるしねぇ、一度検査を受けて下さい。」と言われました。泣き声が弱いなどと思ったことはないのに、どちらかと言うとよく泣く子なのに...そんなことを思いながらも 何かもうどこへも逃げられないような気がしました。たぶんこの時に先生は春菜の異常な反射(伸展)も感じておられたはずです。今から思うとその異常な反射が実は一番の問題だったのだろうと思います。私たちには何も言われませんでしたが。
病院への紹介状を書いていただく間 夫と重苦しい気持ちでベンチに腰掛けて待ちました。まわりの元気な赤ちゃんの様子にとても辛い気持ちになってしまいました。その日の私の日記には「神様助けて!」と書かれていました。